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半崎美子の泣ける歌や結婚して夫がいる?サクラの歌詞の意味も!

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3月11日(2018年)の情熱大陸は、ショッピングモールの歌姫として知名度が高まっているシンガーソングライター半崎美子の登場です。

半崎美子の歌を聞けばみんな感動して泣いてしまうので、泣き歌の女王とも言われています。

どうして泣いてしまうのか、泣ける歌や結婚して夫がいるのかどうか、また、サクラの歌詞の意味などを調べてみます。

まずは半崎美子のプロフィールと経歴について

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◆半崎美子のプロフィールと経歴

❖半崎美子のプロフィール

半崎美子(はんざき よしこ)

生誕 1980年12月13日(37歳)
出身地 北海道札幌市
学歴 札幌大学経営学部 中退
ジャンル J-POP
職業 シンガーソングライター・作曲家
活動期間 2000年 –
2017年 – (メジャーデビュー)
サンミュージック所属、
レコード会社 日本クラウン
血液型B型
ウィキペディア半崎美子より”

❖半崎美子の経歴

半崎美子が音楽に目覚めたのは、高校の学園祭の歌の大会で、ドリカムの「好き」を熱唱して優勝したことがきっかけとのこと。

その時これまでに経験した事のない不思議な感覚を覚えたそうです。

その後、札幌大学経営学部に入学したものの、1年で中退してしまいます。
東京に行って、本格的に音楽活動がしたくなったからです。

一生懸命勉強してやっと合格した大学をあっさりと辞めてしまうほど、歌への情熱が日に日に増していったのです。

しかしお父さんは最後まで反対でした。

※なぜなら、幼少期に習ったピアノもそろばんもバスケットも続かず、演劇も結局やめてしまったからです。おまけに大学までもやめてしまったのですから、お父さんが反対するのは当然ですね。

結局、許しを得ないままに上京すると、パン屋さんで住み込みで働きながら、音楽活動を開始します。

週6日は朝からパン屋さんで働き、仕事が終わると2階で売れ残りのパンを食べるという
生活の中で、少しだけ音楽に関する活動をしてみるという生活でした。

※無茶苦茶ですね。パン屋さんも、身元保証人がいない未成年者をよく雇ってくれたものです。
音楽をやりたいことや、お父さんが反対していることなどを訴えているうちに人柄の良いことがわかったのでしょうか。情熱は周りの人をも巻き込んでしまうのですね。

東京に行けばすぐに有名になると信じて疑わなかった半崎美子ですが、実際は誰の目にも止まらず、活動場所を模索する日々が続きます。

※当然ですよね。世の中そんなに簡単ではないです。それなのに、心配や不安に支配されることもなく自分を信じ続けることができたのだそうです。こういう人が成功するのでしょう。

様々な場所へ自分のデモを持って行ったり、DJがいるクラブで歌わせてもらったりしながら自分という原石を発掘してくれる眼力の持ち主を自分から探したのです。

※自分のことを原石ですって、しょってますね。これだけ自信がもてるってすごい。

そのようにして、無知と無鉄砲が手を組んだところ、小さな奇跡がたくさん起きたのです。

人を信頼できなくなるような事もたくさんありましたが、風にあおられればあおられるほど半崎美子の種火は消えるどころか勢いを増して燃え盛ったのです。

※そのころの半崎美子は音楽以外の生活はドブに捨ててもいいと思って生きていたそうです。そんな情熱が出会う人々に伝わったのでしょう。

ある日、レストランでピアノを演奏しているステキな女性・きよみっくすと運命的な出会いをします。
彼女が半崎美子の音楽活動を大いに支えてくれることになったのです。

きよみっくすに教えてもらった吉祥寺のスターパインズカフェというライブハウスで、自分のデモを持って行き、歌わせてもらいます。

※きよみっくす(本名小島紀代美)は、国立音楽大学卒のピアニストです。

お客様は少なかったのですが、これでなんとかなるという勇気が湧き、様々なライブハウスやショッピングモールで歌わせてもらうようになり、お客様も増え、お店から声がかかるようになりました。

お客様と触れ合うことができるので、最近はもっぱらショッピングモールでの活動が多くなり、ショッピングモールの歌姫と呼ばれています。

こうして、半崎美子の音楽活動は実を結ぶようになったのです。
(参考サイト:半崎美子オフィシャルWEB)

◆半崎美子の泣ける歌

半崎美子が歌うと会場のどこかで必ず涙を流す人がいるのだそうです。

全国のショッピングモールをまわり、出会った人々の人生や涙に触れ、心に寄り添うことで生まれる歌詞と曲に、個性豊かな歌声がマッチして、半崎美子の歌は人々の共感と涙をさそうのでしょう。

それ故に、彼女の歌は「泣ける歌」と言われるようになったのですね。

涙を流すことは、ストレスの発散におおいに役立つことがわかっています。
半崎美子の歌声を聞くことで、心身のストレスがなくなって、すっきりする人も大勢いることでしょう。

半崎美子は約17年下積みの個人活動を経て、2017年4月に1stミニアルバム『うた弁』でメジャーデビューを果たします。

このミニアルバムの、「お弁当ばこのうた~あなたへのお手紙~」が「NHKみんなのうた」でオンエアされるとロングセールスを続け、11回のTOP100入り、6回のTOP50入りを記録(2017年9/4付現在)しました。

17年間の下積みの間、ショッピングモールでのお客様との交流が楽しくて、下積みとは思わなかったそうです。

「お弁当ばこのうた~あなたへのお手紙~」を聞いたことがない人のために動画を用意しました。歌詞も書かれています。

「毎朝わたすお弁当はあなたへのお手紙ですよ」とお母さんが言っています。

お弁当を残さず食べたかどうかで、お子さんの体調が分かるのです。

「体のことを考えてお弁当をつくるので、好きなものばかりはいれられないのよ」と言っているのは
面白いですね。愛情にあふれています。

そして、「あなたが恋をしてダイエットなんて言うまでは何があってもお弁当を届けます」なんて、
良いお母さん過ぎます。

私は娘の自立のためにも、高校生からは自分でお弁当を作らせましたよ。彼女も喜んで作っていました。

いよいよ卒業する最後の日、「毎日どうもありがとう」とお子さんからの手紙がからっぽのお弁当に入って入っていたという、なんとも心温まる歌です。

◆結婚して夫がいる?

結婚していて夫がいるという噂もありましたが、音楽仲間の名字が半崎というだけの男性だったようです。
その男性には奥様もいて、半崎美子の夫ではないことが判明しました。

半崎美子は「音楽以外の生活はドブに捨ててもいいと思って生きていた」と言っていますから、結婚のことは考えていなかったようです。

当分の間、半崎美子の恋人は歌なんだと思います。

◆サクラの歌詞の意味

半崎美子作詞作曲の「サクラ~卒業できなかった君へ~」の歌の歌詞の意味がわからない人がいるようなので筆者の思った解釈をしてみます。

この歌は半崎美子の身近で卒業前に亡くなってしまった人がありその体験を元に作られたのだそうです。

筆者自身も高校や大学で、卒業せずに亡くなってしまった友人がありしみじみとしてしまいました。

❖さくらの歌詞

「サクラ~卒業できなかった君へ~」

同じカバンに詰め込んだ日々と
並べた机に刻んだ日々と
枝先に膨らんだうららかな春
本当はあなたもここにいるはずだった

くだらないことを言い合って
肝心なことは言えないまま
止まった季節を追い越して
残った光を探していた

桜花びらが舞う一緒に見ていた夢を
ふわり空にのぼったあなたに送りたい

桜 花びらになりいつか会いにいく

桜 花びらが舞う一緒に見ていた夢を
ふわり空にのぼったあなたに送りたい

あなたに送りたい

❖サクラの歌の意味(筆者の解釈)

※卒業式の日
一緒に学んだ教室にはいると
同じカバンに教科書やノートを詰めこんで一緒に通った日々、並べて学んだ机の傷を思い出す。窓の外では桜の木の枝先で桜の花のつぼみがふくらんでいる、うららかな春の日。(卒業式は3月末です。北海道ではまだ桜の花は咲きません。つぼみがふくらんでいるのです。)この卒業の日に、あなたもここにいるはずだったのにもうあなたは空に昇ってしまった。青春時代はよくあることで、肝心なことはいえないでくだらないことを言い合って時が過ぎていきます。あなたが亡くなった時の季節は止まったままだけど、生きている私の季節は、あなたの季節を追い越して、
あなたという光を失った私は残りの希望を探していた。桜の花びらが舞う中で、一緒に見ていた夢を空に昇っていったあなたに送りたい。

桜の花びらになって私もいつか空に昇ってあなたに会いにいく。

まるで恋人が亡くなったような歌詞ですが、だれにでも当てはまると思います。

筆者の解釈ですので、まちがっているかも知れません。

でもすてきな歌と曲ですね。

◆まとめ

桑田圭祐も絶賛し、有線大賞新人賞を受賞したショッピングモールの歌姫と
言われるシンガーソングライターの半崎美子について調べました。

彼女の歌の歌詞と歌声は人々を感動させ、泣かせてしまうほどです。

そんな歌は、ショッピングモールで人々と触れ合ううちに、悲しみや悦びを共有して
生まれたものなのだそうです。

そのため半崎美子は、これからも基本的にはショッピングモールで歌うことを
辞めないそうです。

そうですね、彼女の歌はショッピングモールで生まれるのですからね。

彼女のメジャーデビューで、あんなに反対していたお父さんも家族も喜んでくれて
いるそうです。

自分がこの世からいなくなっても音楽が残り歌い継がれて、教科書に
自分の歌が載ることを願っているという半崎美子に、これからも良い歌を作って
歌って欲しいと願います。

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